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1-13 小さな異変 4

last update Last Updated: 2025-03-30 19:15:52

「あ、何でも無いっす。俺のファンの子かな? 誰かに見つめられてる感じがしたんだけど気のせいだったみたいだな~なんて。ハハハ……」

里中は千尋を心配させないようにわざと明るい声で言った。

「そうなんですか? でも里中さんなら女の子の1人や2人、ファンがいそうですよね」

「いや~。かつて女の子だった人達なら俺のファンがいるんですけどね……。あ、この話ここだけにしておいて下さいよ」

里中が何を言わんとしてるか気づいた千尋はくすくす笑いながら頷いた。

そんな2人の楽しそうな様子を陰からじっと覗いてた人物がいる。

「くそ……あの男。俺の彼女に馴れ馴れしくしやがって……。彼女は俺の物なのに……! 大体、彼女も何なんだ? 俺という者がありながら、あんな軽薄そうな奴と親しくしやがって……!」

男の顔は嫉妬で醜く歪み、その声は憎悪にまみれていた。

「もっと彼女に俺の存在を自覚させないと……」

男は低い声で呟くのだった——

****

「ただいま戻りましたー」

約1時間後、千尋はフロリナに戻ってきた。

「お帰りなさい、千尋ちゃん。今日は帰りが遅かったのねえ」

パートの渡辺が花の手入れをしていた。

「すみません、道路が渋滞だったので遅くなってしまったんです。あれ? 店長はどうしたんですか?」

「それがね、今から1時間位前に薔薇の花のオーダーが入って急遽仕入れに行ったのよ」

「そうなんですか? お店の薔薇じゃ足りない本数なんですか? 信じられない!」

「いえ、そうじゃないのよ。すごく珍しい色の薔薇で、どうしても今日中に届けて欲しいって連絡が入ったの」

「珍しいですね……それなら普通は完全に予約ですよね?」

あの店長が無謀な注文を受けるのを千尋は信じられなかった。

「ほら、先月うちの店から歩いて10分程離れた場所に新しい花屋がオープンしたじゃない? だからのんびり構えてられないって、時にはHPも使って営業していたんだって。そしたら今日突然メールで薔薇のオーダーが入って、もし手に入れる事が出来たら毎月定期的に依頼したいって書いてあったんですって」

「それで店長は受けたんですね」

「そう! しかもかなり上客らしいのよ。この客一人でもかなり毎月の売り上げがアップするかもって店長喜んでいたから」

その時――

「ただいま~!」

店長の中島が鮮やかな青色の薔薇を大量に抱えて帰ってきた。

「うわ! 店長、
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     夜の公園で話をした後、里中は仕事の合間に渚を注意深く観察することにした。理由は渚のあの時の言葉の真意を測る為である。自分に残された時間は少ない等と意味深なことを言われては気になるのも無理はなかった。なので自分と帰る時間が重なる時は待ち伏せして様子を見ることにしたのである。今日がその第1日目であった。 通用口で渚が出てくるのを見張っていたその時。「何だよ、里中。お前探偵にでもなったつもりか?」近藤が後ろから肩をポンと叩いてきた。「うわあああっ!」里中は驚いて大声を出してしまった。「先輩! 脅かすのはやめてくださいよ! 心臓に悪い!」「な、何言ってるんだよ。あんな大きな声で叫ばれたこっちの方がおどろいたじゃないか」余程驚いたのか、近藤は胸を押さえている。「ところで、お前まだ千尋ちゃんの男を見張ってるのか?」「まだ千尋さんの男と決まったわけないじゃないです」「お前なあ、若い男女が二人きりで一つ屋根の下に暮らしてるんだぞ? 本当に何も無いと思ってるのか?」「言わないで下さいよ! 想像もしたくない!」里中は両耳を押さえる。「俺は今、間宮の動向を探るので忙しいんですから」再び里中は通用出口に目を移した。「お前、本当に暇人だなあ。なあ、そんなのやめて今から俺と飲みに行こうぜ?」「嫌ですよ。先輩酒に弱いじゃないですか。もう先輩のおもりするのはごめんです。あ! 出て来た」里中は現れた渚に注目した。「先輩、俺はあいつの後をつけるんで失礼します」「ふ~ん。俺もついてこうかな? どうせ今夜は暇だし」「駄目です、ついてこないで下さい」「それじゃ、なぜ間宮君を見張ってるのか教えてくれたら、ついてくのやめてやるよ」「それは……」「あ~っ! そんな事より見失うぞ!」近藤に言われて、慌てて里中は後を追った。当然のように近藤もついてくる。「なあ、こんなことして意味あるのか?」「先輩、文句があるならついてこないで下さいよ」渚はバス停で止まった。「あ、バスに乗るみたいだな? どうする? 俺達も乗るのか?」「勿論、乗りますよ」バス停には20人前後の人々が待っていた。里中と近藤は前方に並んでいる渚よりも10人程後ろで並んだ。やがてバスがやって来ると列に並んでいた人々がぞろぞろ乗り込んだ。渚も乗ったので、里中と近藤も後に続く。バスに揺られな

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   2-24 月明かり、濡れた瞳 3

     退勤後――里中は寒空の下、職員通用出口で渚が出てくるのを待ち伏せしていた。こんな事をしていても無意味なことは分かっていたが、どうしても確認しておきたいことがあったのだ。暫く待っていると渚が出て来た。「おい、お前!」里中は渚の前に立ちふさがる。「……少し、時間くれるか?」「あれ? えっと、君はさっきの……?」渚は首を傾げた―― 二人は人気の無い公園に来ていた。里中は口火を切った。「俺はリハビリステーションスタッフの里中だ」「うん、そうだったね。ところで僕に何か用なのかな? 悪いけど、千尋が家で待ってるからあまり時間はとれないんだ」何気なく言った渚の言葉は里中の神経を逆なでした。里中はグッと両手を握りしめると言った。「やっぱり、二人は一緒に暮らしてるのか?」「そうだよ。今は一緒に暮らしてる。僕が料理担当で千尋は掃除と洗濯担当だよ。千尋はね、すごく僕の料理を褒めてくれるんだ。だからもっともっと美味し料理を作って千尋を喜ばせたいと思ってるよ」当然その話に増々里中のいら立ちは募る。「俺………お前よりもずっと前から千尋さんの事が好きだった。俺だって、彼女のこと喜ばせたいよ。くっそ、俺の方が早く出会っていたのに……」「君も千尋のこと好きだったんだ。僕も千尋のことが大好きだよ。一緒だね?」渚はさらりと笑顔で言う。「お前なあ、自分で何言ってるか分かっているのか?」「うん、良く分かっているつもりだけど?」「く……」里中は唇を噛んだ。(何だ? こいつの思考回路は少しおかしくないか?)「もう帰っていいかな? 千尋が家で待ってるから」渚は踵を返した。「お、おい! 待てよ! まだ話は終わってないぞ!」里中が渚を引き留めようとすると、渚の足がピタリと止まった。「……悪いけど、あまり待てないんだ」渚の口調が突然変わった。「え?」振り向いた渚の顔からは表情が消えていた。「僕には、君と違って時間が無いんだ。だから、少しでも長く千尋の側にいたい」「え? お前一体何を言ってるんだ?」「僕にとっては君の方が羨ましいよ。だって……僕にはあまり彼女と一緒にいられる時間が残されていなんだから……」月明かりを背に、渚の瞳は涙で濡れているように見えた。「! お前、何言って……」「それじゃ、里中君。また明日ね」次の瞬間渚の顔からは悲しみの表情が

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   2-23 月明かり、濡れた瞳 2

    「千尋ちゃん、今日も渚君の手作り弁当なの?」千尋と一緒にお昼休憩をとっている渡辺が声をかけた。「はい。渚君、自分の分はいらないのに、わざわざ私の分だけ作ってくれたんです」「あらま、自分の分はいらないってどういうこと?」「レストランで働いている人たちには、まかないがあるそうなんですよ」「へえ~羨ましいわね。ところで、今日は渚君迎えに来てくれるの?」「今日は私の方が帰りが早いので買い物して先に家に帰るつもりです」 「それじゃ、今夜の夕食当番は千尋ちゃんなの?」「はい、最初は渚君食事は全部自分で作るって言ってたんですけど、どちらか早く家に帰れた方が食事を作るってことに決めたんです」「ふふふふ……」渡辺が意味深に笑う。「な、何ですか?」「もう完全にのろけね、それは。いや~千尋ちゃん、愛されてるわ~」「そんなんじゃ、無いですよ! 私と渚君の間には何もありませんってば」千尋は顔を赤らめて抗議した。「そうかなあ~。誰の目から見ても、少なくとも渚君は千尋ちゃんに好意を抱いてるわよ? それとも千尋ちゃんは渚君に好かれると迷惑なの?」「そんな、迷惑だなんて思ったこと無いです」「嫌いじゃないんでしょ? 渚君のこと」「もちろんです」「だったら何も問題無いじゃない? 渚君に思われて悪い気はしないんでしょ?」千尋は頷いた。むしろ渚に好意を寄せられるのは嬉しい。けれど、渚は時々どこか遠い目をする時がある。近くにいるのに二人の距離は離れているように感じる時もある。後で自分が傷つくのでは無いかと思い、千尋はどうしても渚には深入りすることが出来なかった――**** 食事を終えて里中と近藤は職場に戻りながら話をしている。「それにしても驚いたな。まさかこんな場所で偶然会うなんて」「……はい」里中は神妙な顔で頷いた。「まあ、ライバルが同じ病院内で働いているのはお前にとってはあまり穏やかな気持ちにはなれないかもなあ?」近藤はニヤニヤしている。「先輩、面白がってませんか?」「そもそも、お前がもっと早く千尋ちゃんに告っていれば、間宮君と一緒に暮らすことにはならなかったんじゃないかな……っとやべっ!」近藤は慌てて口を押えたが手遅れだった。「先輩……」里中の瞳が鋭さを帯びた。「ヒッ!」近藤は小さく悲鳴をあげる。「一緒に暮らしてる……? 一体ど

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   2-22 月明かり、濡れた瞳 1

    「おはよう、青山さん」 11時、遅番の中島が出勤してきた。「おはようございます。店長」千尋は花の世話をしながら挨拶をした。「あら? 今朝は渚君の姿が見えないわね? いつも遅番の誰かが出勤してくるまでにはお店にいるのに」「実は渚君、新しい仕事が見つかって本日から仕事始まったんです」「え~そうなの? 仕事何処に決まったの?」「それが、何と山手総合病院にあるレストランで働くんですよ」「え? まさかあの病院のレストランで? 一体どういう経緯でそうなったの?」「この間、病院に生け込みの仕事に行ったときにリハビリステーションの野口さんからコーヒー券頂いて二人でレストランに行ったんです。その時に人手不足で困っている話を聞いて、その場で面接して採用されたそうですよ」「ふ~ん、それじゃ今日は初日ってわけね?」「はい。…上手く行ってるといいんですけど」千尋は新しい職場で働いている渚に思いをはせた……。****「おい、里中。今日の昼飯どうする?」昼休憩に入ろうとする里中に近藤が声をかけた。二人でお酒を飲みに行って以来、何かとつるむ仲になっていたのだ。「う~んと……特に考えてないすけどね」「それじゃ、新しく院内に出来たレストランに行ってみないか? ほら、職員割引がきくし」そこへ同じリハビリスタッフの30代の女性職員が声をかけてきた。「あ、お二人ともレストランに行くんですか? 私もさっき行って来たんですよ。何でも今日から若い男性が働いているらしくて、ものすごーくイケメンなんですって。院内の女性職員達が騒いでました。私はあいにくその男性に会うことが出来なくて残念だでしたよ」「へえーっ。そうなんだ。でもヤローには興味ないなあ。どうせなら若くて可愛い女の子が良かったのにな」女性職員が去った後、近藤は言った。「何言ってるんすか。先輩、彼女いるじゃないですか。いいんですか、そんなこと言って」「バッカだなー。勿論俺は彼女一筋だよ、でも目の保養する分にはいいんだよ」「まあ、イケメンはどうでもいいですけど新メニューは気になりますよね。行きますか? 先輩」「おう! 行ってみるか」****「うっわ! なんじゃこりゃ。すげー混んでるな」レストランのテーブル席は満席だった。しかも良く見ると女性客が多い気がする。「ふーん、皆そのイケメンとやらに興味があって来

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   2-21 共有した1日 3

    「う、うん……。別にいいよ?」千尋が手を伸ばすと渚はそっと握った。渚の手は大きく、千尋の小さな手はすっぽり覆われてしまう。(うわあ。大きい手、やっぱり男の人なんだなあ)渚を見上げると、耳を赤く染めている。「何だか……ちょと照れちゃうね」渚が顔を赤らめながら言うので千尋も何だか気恥ずかしくなってしまった。「そ、そう? それじゃやめる?」すると渚は千尋の手をギュっと握りしめた。「やめたくない、こうしていたい」何だか子供みたいにむきになっているようにも見える。千尋はそんな様子がおかしくて微笑んだ。**** それから二人は手を繋いで街を散策した。 本屋さんでは一緒に料理の本を探したり、未だにパジャマを持っていなかった渚の為にパジャマを選んだり、雑貨屋さんではお揃いのマグカップや食器を買ったりした。 お昼は最近テレビや雑誌でも取り上げられているアジアンテイストなカフェで渚が選んだ店だった。混雑時間を避けて行ったので、幸いにもすぐに店に入ることが出来た。この店はカフェであるが、ランチメニューには和食を提供すると言うことで話題を呼んでいる。 「渚君、いつの間にこんなお店見つけたの?」席に着くと早速千尋は尋ねた。「実はさっき、本屋に行ったときにこのお店が雑誌で紹介されていたんよ。今日の朝ご飯はトーストだったからお昼は和食がいいかなと思ってこの店を選んだんだ」渚と千尋は二人で<本日のおすすめ>を選んだ。木のお盆に乗せて運ばれてきたのは、玄米ご飯に豚汁、大根おろしの付いたホッケの焼き魚におひたしである。「うわあ……美味しそう。玄米ご飯なんて素敵」「そうだね、この店に決めて良かったよ」味は文句なしに絶品だった。渚は特に豚汁が気に入ったようで、どんな具材が入っているのかメモした程である。 食事を終えた後は、駅の構内にあるカフェに入り、二人でコーヒーとケーキセットを食べ……気が付くと時刻は17時を過ぎていた。「渚君、そろそろ帰ろうか?」千尋は椅子から立ち上がって声をかけた。「うん……そうだね」電車の中で、今夜のメニューは何にするか話し合った結果、家でパスタを作って食べることに決めた。「私が今夜は作るね。何味のパスタがいい?」「僕は千尋が作ってくれるならどんな味だっていいよ」「それじゃ、クリームパスタにしようかな? 材料買いたいか

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   2-20 共有した1日 2

    「そうだね、特に何も予定無いから一緒に出掛けようか?」「本当? 今日1日僕に付き合ってくれるの? やった! 言ってみるものだね」渚は大袈裟なほど喜んでいる。正直、そこまで喜ばれると何だか千尋は照れ臭い気持ちになってしまう。(まさか、そこまで喜ぶなんてね)「でも、出かけるって言っても何処へ行こうか?」「それなら大丈夫! 実はね、ずっと前から千尋と一緒にやってみたい事を色々考えてたんだ。え~と、例えば公園に行ってボートに乗ったり、手作りのお弁当を持って動物園や遊園地に行ってみたり、車をレンタルしてドライブに出掛けたり……」渚は指折り数える。「渚君……そんなに色々考えてたの?」「でもね、これはまた別の日のお出かけプランだから。今日は別」「? それじゃ何をするの?」「千尋はお休みの日に出掛ける時はどんなことをするの?」「う~ん……特にこれといっては無いけど。でも友達と出かける時はウィンドウショッピングをしたり、お洒落なカフェに入ったり、本屋さんとか雑貨屋さんに行ってみたり、そんな感じ」「じゃあ、今日は僕とそれをやろう?」「ええ? こんな単純なお出かけでいいの? 大して面白くないけど?」「僕はね、千尋が普段お休みの日に何をして過ごしているか知りたいし、共有したいんだ」渚は千尋を見つめる。(あ、またこの目だ……)渚の目は熱を帯びたように千尋をじっと見つめている。この目で見つめられると千尋は何だか落ち着かない気持ちになる。普段は男を感じさせないのに、この目をされると一人の男性として意識しそうになってしまう。「それじゃ……渚君がそうしたいなら、それでいこうか?」「うん、決定だね」先程の表情は消えて、普段通りの無邪気な笑顔に戻っていた――*** 目的の場所は千尋が住む駅の5つ先の駅だった。駅を出て歩きながら渚が尋ねてきた。「千尋はどこで買い物やカフェに行ったりするの?」「ここはね、沢山のデパートがあるし、海外からやってきた話題のインテリアのお店や雑貨屋さんやカフェ、何でも揃ってるんだよ」「へえ~楽しみだな」今日の渚は紺色のスウェットの上にグレーのチェスターコートを羽織り、デニムスキニーをはいている。外見もさることながら、モデル並みの体形もしているので道行く若い女性たちが振り返って渚を見ている。(やっぱり、こうしてみると渚君て格好

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